遠足唱歌

提供:Wikisource


遠󠄁足唱歌

巖谷小波作歌
山崎謙󠄁太郞作曲
春の部
  1. かげ長閑のどかにて、かぜも あたたかし。さらばともどち うちつれて、花󠄁はなさく野邊のべさぐらなん。
  2. はたいろ蓮󠄀れん花󠄁さうこみち咲󠄁ける すみれぐさ、なる山吹やまぶき あかもも送󠄁おく迎󠄁むかふる うつくしさ。
  3. ながれささめく がはには、浮󠄁くよだかひれふりて、まるはし危󠄁あやふきに、ともつるな こころして。
  4. 遠󠄁山里とほやまさとの うすがすみ、はるかみ佐保さほひめが、もすそとばかり 麗󠄁うるはしき。あれぞさくら盛󠄁さかりなる。
  5. がねまが菜󠄁花󠄁はなの、みつ浮󠄁かるる 蝶蝶てふてふや、むぎなみ高高たかだかと、なのるもうれあげばり
  6. はかまひだただしくも、ならびててる つくづくし、むな手折たをるな これもまた、はるめぐみに うまれしを。
  7. くは伴󠄁侶ともなる ひとに、くての道󠄁みち尋󠄁たづねつつ、進󠄁すすなた花󠄁はなかげに、をば澁茶しぶちやみせもあり。
  8. 姿󠄁すがたせねど うぐひすは、かき花󠄁はなあひだより、ホホケキョーと いくたびか、返󠄁かへしつつ うたふなり。
  9. だかをかうへて、杖󠄀つえつれば 遠󠄁近󠄁おちこちの、あかぬながめに しばらくは、われ忘󠄁わするる おもひかな。
  10. 遠󠄁とほながるる 川筋かはすぢは、ときすてし おびやらん、さざなみをうけて、るや銀絲ぎんしの きらめくを。
  11. すぎみどり交󠄁まじりつつ、椿つばきさくなる より、半󠄁なかえたる 大鳥おほとり、あれこそむら鎭守ちんじゅなれ。
  12. ともなたを かへりよ。やなぎわか 萠󠄁めし、はしたもとに いななきて、こま勇󠄁いさましさ。
  13. おもへば雪󠄁ゆき冬󠄀ふゆは、なかくさてて、花󠄁はなくれなゐ のみどり、とりうたさへ なかりしを。
  14. めぐるつき其內そのうちに、かくこそ花󠄁はな咲󠄁たれ。さればわれおこたらず、進󠄁すすみて花󠄁はな咲󠄁かせまし。
  15. 花󠄁はななかみぎひだり、こころのままに あるきて、かくれしぜんたくみをば、ひらもとめん 術󠄁すべもがな。
  16. 花󠄁はなみつとる 虻蜂あぶはちや、空󠄁そらむし乙鳥つばくろも、いづれかかがみ ならざらん、われかれをとるべき。
  17. はるひかり遲󠄃々ちちとして、花󠄁はなつるころくさ終󠄁へし さとは、こうしきて 急󠄁いそぐなり。
  18. 花󠄁瓣閉はなびらとざす たんぽぽの、かげゆめみる むしもあり、かすみまくに つつまれて、一かす とりもあり。
  19. さらばかへらん 我友わがともよ、今日けふたのしく 遊󠄁あそびたり、ひろはら庭󠄁にはとして、花󠄁はなとりとを 伴󠄁侶ともとして。
  20. いへのみやげは 何々なになにぞ、摘󠄂みしは花󠄁はな數々かずかずか、籠󠄄かごかたむけて かたらはん、今日けふにち愉󠄁かいさを。
春の部終り


秋の部
巖谷小波作歌
山崎謙󠄁太郞作曲
  1. きりの一かぜたちて、さしもにあつなつも、みなみ遠󠄁とほく なりゆけば、すずしきあききたりけり。
  2. 瑠璃るりかとみゆる 大空󠄁おほぞらに、浮󠄁うかべるくもかげもなく、八千やちぐさぐさ さきみだる、あきながめぞ 面白おもしろき。
  3. わた野邊のべみのりたる、いねなみうつくしさ、なるさわすずめの、こゑさへみて きこゆなり。
  4. はたいろかきを、かすめんとてか がらすの、案山子かがしさきとまりつつ、てるもあきしきかな。
  5. 咲󠄁くや絲萩いとはぎ をみなへし、つゆふくめる 花󠄁はなのつや、梗󠄀きゃうべつむらさきの、ゆかしきいろ咲󠄁たり。
  6. いく度人たびひとまれ、くさ鎌󠄁かまに かかるとも、たゆまずのびて いろそへし、花󠄁はなこころたのしき。
  7. つゆにそのきたへたる、松󠄁蟲鈴蟲まつむしすずむし くつはむし、すゑ宿やどひそみ、うたふや節󠄁ふし音󠄁たへに。
  8. こゑにつやある 邯鄲かんたんや、さへづたかくさひばり、しなこそかはれ とりどりに、あき調󠄁しらべたくみなる。
  9. やまふもとくりばやしをちなかに こぼれたる、いへ土產つとにせん、いざ諸共もろともひろはなん。
  10. ここよかしと あさりつつ、ればうれしや くりの、昨日きのふかぜに さそはれて、ちたるかずの いとおほし。
  11. 松󠄁まつしげみを 分󠄁のぼり、ざうかげれば、かさかたむけつ 莖伸くきのべつ、きのひとがほに。
  12. 採󠄁りしもの較󠄁くらべつつ、かたるもたのをかうへよや蜻蛉とんぼ遊󠄁あそび、とり近󠄁ちかうたふなり。
  13. 追󠄁ふなはらふな 蜻蛉とんぼうも、はたむし食󠄁くらひ、とり木々きぎむしり、ともわれたすくるよ。
  14. 鎭守ちんじゅもりはたみえて、神樂かぐらはや きこゆなり、かくてぞとしゆたけきを、いはふかさと人人ひとびとも。
  15. なかこみち ゆくうしの、うづたかく つむくさに、今朝󠄁來けさきみち咲󠄁きそめし、花󠄁はな數々かずかず 交󠄁まじるらん。
  16. たか聳󠄃そびゆる 遠󠄁山とほやまの、しろいただ綿帽わたぼう、あれこそ雪󠄁ゆきかしには、はやもませり 冬󠄀ふゆかみ
  17. やまいね終󠄁へて、紅葉もみぢにしき かざりなば、しも雪󠄁ゆきとに としくれて、追󠄁へど及󠄁およばぬ つきかな。
  18. あしみじかき このごろや、でらかね音󠄁ともに、はやくもつきのぼるなり、花󠄁ばなすゑを ゆるがせて。
  19. きんくださとかはむし音󠄁たかひろはらつゆわれすそり、かぜわれそでふ。
  20. 夕霧ゆふぎりやがて ちこめて、今日けふやま隔󠄁へだつとも、つきこそまもたのしくも、いへにかへる われかな。
秋の部終り

遠󠄁足唱歌終󠄁